unerfahrenの隔離部屋パソナルーム アルコール依存症との闘い


その他の出来事
身体的な離脱症状は、僕の場合マシだったけど、

より修羅場だったのが、

という非常にメンドくさいイベントだった。
誰に話しても、相手は言葉に困った。

当然だ。
誰だって身近な人間が「俺アルコール依存で2年以内に死ぬって言われたわ」なんて急に切り出されたら困るだろう。

ネタにして弄るのか、
本気にするのか、

そもそも、この時点でどう接すればいいのか相当悩むだろう。

とは言え。

言葉を濁して伝えたって、僕の余命が変わる訳ではなし。
僕は先生から言われた事を、そのまま素直に、ストレートに口にした。

親からは「俺より先に死ぬとか絶対ダメだからな」と言われた。
対して僕は、「まぁ……頑張るよ」とだけ答えた。
定年を迎え、悠々自適に趣味の庭弄りに精を出し、100歳まで生きる、と宣言している団塊世代である。
この年代の自己肯定感はすげぇな、とてもじゃないがマネできん……と思いつつ、僕は今時の若者?っぽく生きる意義を見出せずにいる。
(後厄と言ってる時点で年齢バレしてる訳で、いつになったら僕はモラトリアムから抜け出せるのだろう?と時々自問する)

断酒しているのも、生きる、という積極的な目的がある訳ではなく、ただの保存的選択に過ぎないと認識してる。
要するに何かしらの決断の先送りである。
酒を飲み続けたら先送りすらできない、という現状を理解しただけである。

そんな訳で、何か目的を見つけた訳でもなく。
ただただ、無為に毎日を過ごしている。

仕事も、今まで存在した「酒を飲むために稼ぐ」という明快な目標をロストし、何も手が付かず、ただ、出社して帰宅する、という無味乾燥した時間に成り下がった。
とにかく何も楽しくない。
エンジニアという仕事柄、ストレスは容赦なく襲いかかってくるけど、それ相応の達成感とか充実感が得られた───のは、既に過去の話。

本当に、何も感じない。
喜怒哀楽、全ての感情が欠落した。

何もせず、ただ会社で席に座ってる自分に何の感情も抱かない、ってのはさすがにどうかと思う。

僕の中で、何かが喪失したのは間違いない。

けど、それが何なのか、僕は新たに何を探さなければならないのか。
そもそも、それは探すべき事なのか。
誰もがこんな風に無味乾燥とした生活をしているのではないか。

と、虚ろな思考で堂々巡りを繰り返した。
思う事は只1つ。
もちろん。

『酒、飲みてぇなぁ……』
である。

毎日、朝起きて、開口一番「さけのみてぇなぁ」と呟くのが日課になっていた。
もちろん、何も解決しない。
本当に、単なる保存的選択。
大半のアルコール依存症の人が「死んでも飲む」という気持ちが良く判る。
僕も『保存的選択』という理屈が無ければ、確実に同じ事を言うであろう、という(変な)自信がある。

とりあえず───
医師からも言われていた、年末年始どうやって酒を飲まずに過ごすか、という問題が目前に迫っている。
いかにしてスリップをしないか、まずはそれを探すのを当面の目標にした。
これも、都合の良い論理のすり替え、保存的選択、意味も意義も感じないまま、当面の目標を設定し、自覚的に現実逃避する───僕の常套手段だ。

この様に───
問題の本質は一旦置いておき。
僕は年末年始の長期休暇に突入した。


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